アトモスフィア七十九の双盃

アトモスフィア(atmosphere)とは空気のことじゃなくて雰囲気のこと

長岡花火大会と江戸川花火大会に行っt

8月の3日と4日。

長岡花火大会、諸事情により
行くことができなかった。
腹いせに、江戸川花火大会に行こう。
アトです。

 

 

 

江戸川花火大会に行ってない話。

いや正確には、市川駅小岩駅の電車の中で見た。

でも電車の中で花火を見る…
悪くない。むしろイイ。

 

偶然かわからない。
帰路の至るところの、老若女女の、
女性の話がおもしろい。
聴きとりやすく、軽快でポップンで、なんか楽しい。

 

私は、人の話を聴くのが好きな性分だ。
こんな題材でブログを書くことに違和感がある。
この気持ちは矛盾なのかも。

 

(余談だが、男はswitch(雑誌じゃなくてゲーム機)とか
人生とか語ってる。
スケールの大小が極端すぎる。
つまらなくはないが、おもろくもない。)

 

 

 

でも内容わすれた。
なんか大事なこととか、おもしろそうな
お店とかあがってたのに。

やっぱり盗みギキは、神的にアウトなのか。

 

 

いや、ちがう。
聴かせる声だったし、注目を集める能力があった。

 

こういうのを不可抗力と呼ぶ。


もう、4尺玉で鼓膜を破るしかない。

読書における『再読』についての考察

何かのブログで読んだ、

『1000字以上かかないと意味がない』

 

前回の記事も意識した。
だけど800字だった。

<h1>タグとか書くのしんどい。

ぱくたそから画像をもってくるのも
面倒くさい。

 

不服ばかり述べる、アトです。
んじゃ書くな。

 

 

 

つらつら流しそうめんのように書いても、
意味がない。
結論からはじめる。

 

人生において(おおげさ)
再読は1冊にしぼると良い。

 

 

伊坂幸太郎のキャラクターに

罪と罰』を再読しまくるコロシヤ、がいる。

 

「オレは普段は本は読まない。
この本だけしか読まない。
読みすぎてボロボロになっても
使い続けた。そして3回も買い替えた」


そして映画化でカットされた。
ロシア作家のキョクタンスキーにあやまれ。
斉藤和義にあやまれ。
濱田岳にもあやまれ。

 

 

読書メーターで、感想の語尾にかならず
「再読の必要がある」で〆ているアカウントがある。

あっという間に卒寿を迎えそうな発言だ。
ヒトの一生はホタルのように短い。

 

 


以下、わたしの唯一の

再読する本について考察。


会ったのは、高校2年の夏。

その本は、青春小説とSFを織りまぜながら
10代の死生観や絶望などの壮大なテーマに挑む。

小規模な世界観ながら、ファイマンさんもびっくりの
ハードボイルな小説だ。

 

そんな小説が、新潮社だったか集英社
『中学生によんでほしい本 50選』に
収録されていたのだ。

 

高校生の自分は思った。
高校生にもなって1冊も読んでないのは、
中学生に遅れをとっているのではないか?

 

そして手をだした。
感動?いや心にのこったというか、
心に深手をおった。

 

アンド、悟った。
『こういう物語が好き』なことと、
『これが生涯でベスト』なこと。

 

 

それから
むさぼる日もあれば、無縁の生活を
送ったりした。

芥川賞の本を読んだり、ロシアの長い小説を中巻まで読んだり、
ハルキストに会い、樋口一葉は挫折。

安部公房大江健三郎知名度の低さに失望。

今は朝永振一郎("あさなが"じゃないよ!!)を読みたい、
でも高価。早川書房だからだ。


最近ショックだったのは

『仕事や人生や未来について考えるときにアーティストが語ること』という本。
出てくるアーティスト、38人中1人。

その1名、じぶんが知っていたのは会田誠のみ。

知らない人ばかりで、自分の知識の少なさに俄然愕然。
むしろ装丁家を知っている始末。
鈴木なんとかさん。
こっちのが有名じゃないか?

 

これでも1000字いかない。
マジメは損をする。

もうしない。

負けず嫌いには不採用がよい

好きな食べものは、甘納豆と納豆。
嫌いな食べものは、柿と海のミルク。
ふつうな食べものは、しるこサンドと塩バターパン。
アトです、こんにちは。

 

 

 

自分のことを負けず嫌いだと思っている人間は、
大抵つまらないことが多い。

そして負けず嫌いであることが、
さも『自分の柱である。』と
思っている。
まさか、と思う。

 

 

おそらく、負けず嫌いであることに
デメリットがあると考える。
そして、個人的にこの言葉はキライだ。

 

(はなしを脱線させる。
好きな言葉・きらいな言葉というのは大切だと
思っている。
魅力が増し、オリジナリティに磨きがかかる。
みんなが使っているから、と適当な言葉に流されると
その人らしさは損なわれてしまう。)

 


『食わず嫌い』という言葉と比べると明白。
食わず嫌いは正しい言葉だ。
なら『負けず嫌い』は間違った言葉なのか?

 

じつは誤用が転じて、正しくなってしまった。

正しくなったとしても、
本来は誤用なのである。

ほんとうにばかばかしいと思う。
その言葉をつかうことが、
茶番のようにおもえて萎えてしまう。

 

こういうのを気にしない人は
『弱肉強食』という言葉も誤用していると思う。

こういう系統の表面的な言葉が好きで、すぐに食いつく。
内面的には間違っているが、
そのことには気付くことはない。

 

話を最初に戻す。
負けず嫌いはいけないことなのか?

 

負けることから学ばないこと、
勝つに執着することで周りがみえなくなること、
共有や共生という考えが弱まること、

などがいけないと思う、

 

 

 

『わたしの強みは負けず嫌いなところです。』
こういう人物を不採用にしたい

だが、注意が必要。

 

 

この前、富山県の企業も
『○○な人物は不採用だ』と発言し、炎上にあった。

この事件に関しても、負けず嫌いな人が
炎上の一端を担ったんじゃないかと思う。

 

要約ばかりが発信されてしまい、
肝心の想いや、つたえたいことの核が埋もれてしまう。

 

負けず嫌いの人にこそ、
生死をさまようような痛恨の負けを
味わってもらいたい。

『不採用』というかたちで。

 

 

 

私は社長ではないし、社長にもなれない。
腕力がない。

スマホを携帯する最適の場所

ふと、あんみつが食べたくなった。
改めて、食べてみると、この食べものは
ぜいたくなのか、アマアマなのかわからない。
アトです、こんにちは。

 

 

 

①おしりのポケット
座るとき、つぶれる。
ぜったい却下。

 

②正面のポケット
あるくとき、ジャマ。
確実に却下。

 

③かばんに入れる
手ぶら。

 

④むねのポケット
しゃがむとき落ちる

 

⑤首から提げる
防犯ブザーじゃないんだからさ。
嫌だ。

 

 

 

私の結論は、
スマホは携帯電話ではない。
おうちに置いておくべきだ。

 

 

…というのはあまりにも極端すぎる。
極端は個人的にすきだ。
ただしく使えれば、笑いや愛おしさを演出できる。

キョクタン・スキーという言葉もある。