アトモスフィアの双盃

アトモスフィア(atmosphere)とは空気のことじゃなくて雰囲気のこと

がうがうしいかも?のはなし / リスト

***

 

「タキサイキア現象って知ってますかぁ〜?」

「知らんです」

 

ちんぷんかんぷんな言葉が流線型に連なり、川の流れのように身を任せている正午。お腹の音が響いてしまうとNGになるので、軽食はたまごサンド2つで済ませてある。

我々は収録の準備が整うまで、揃って待機している。スタッフさんは、どこかへ駆けていって取り残された。

録音スタジオの鉄扉は重く閉ざされている。向かいに備え付けられた平べったいソファの上で、時間を共有する3人。なぜか真ん中に腰掛け、比して先輩たちは右に左に座って、お喋りを楽しんでいる。普通、逆じゃない?とツッコんでしまうのは自分だけのようだ。

 

「あー!知ってます、知ってますよ!!」

「なんですか、それ?」

「多分ねー、みんな一度は経験したコト絶対あるって思うんです!ミステリーな実体験を語り尽くしたい気持ちが高まってるのは山々ですが、ここは御二方の貴重な経験談も、ぜひ是非ききたいんですよー!」

 

やたらテンションの高い磊落な御様子に、吹き出してしまわぬようにお腹に力を込める。聞き役に徹するのが無難であろう。

 

「え〜本当ですかぁ〜?長くなっちゃいますよ、テッテー討論が始まりまくりますね」

「この様子なら、たっぷり時間あるらしいんで大丈夫だと思います。ぜひ是非ぜひ、語らっちゃいましょう!いえーい!」

「うぇ〜い☆」

 

聞いているのは楽しいが、盛り上がりについていける自信は全然ない。

問題は、なんちゃら現象という未知の用語。わざわざ意味を尋ねるのは話の腰を折るようで躊躇われた。前後の会話群から意味を類推するしかないかな。"みんな一度は経験"した?…とは何だろう。

みんなという単語の中に自分は含まれているのだろうか。何気なく使う言葉にも、突き詰めると深奥が迫ってくる感じがする。

そして悲しいことに、"なんちゃら"の部分を一文字も聞き取れなかった。想像力よりも傾聴力が不足していると思う。2人のマシンガンな会話に耳を澄ませば、オカルトチックだの、宇宙誕生の神秘の光、車にひかれそうな仔猫、幻聴・幻覚、山遠く、海深く。空を描くジェット機のようなテーマ性に、若輩者の経験不足を真剣に悔やんだ。先輩たちから、トークのプロである事実をまざまざと見せつけられている。

でも、これは提出課題でも滑べらなーいヤツでもない他愛もないことなのだ。ただ自然の波に揺蕩うだけで、万事OKなのである。両者の荒波が少々落ち着きを戻した頃合い。どばーん!と、扉が開く。

 

「お待たせしました、それでは」

 

時間が来たようだ。ゆっくりと心を吹きかけるように、その場を立つ。戦へ向かう腰を据えた兵士を思い浮かべた。恨みつらみを考える瞬間は何もない。今の与えられた仕事を必死に処理するだけなのだ。無事に済みますように、と祈りを込めて進んでゆく。

 

***

 

「主人公の本棚に置いてある本を以下にまとめました。」

メモ紙を一枚、彼に手渡す。

「ふむ」

「いかがでしょうか?」

 

・鯉人
二条天皇六条天皇 実録
・すてきなすてきな世界のため
・アンネの木
・悩みはイバラのようにふりそそぐ
悲しみよこんにちは
・海の瞳
・Il ponte della Ghisolfa
虚数(著:レム)
・歯車

 

「主人公は高校生なんだよな?」

「もちろん、そのつもりですが」

 

登場人物の設定をアレコレ考えるのは非常に愉快であった。