アトモスフィアの双盃

アトモスフィア(atmosphere)とは空気のことじゃなくて雰囲気のこと

無題 / セルフィー

「無題」はタイトルが思いつかん。ステキな日本語以外がいいと思う。→決めました。

 

「シーマイナーセブン」

 

隣の席から囁き声が聞こえる。

 

僕は少し緊張しているのかもしれない。口を動かすことはできる。横から眺めたらパクパクと口を開ける魚のように見えるだろう。

 

「やられそうになった経験ってある?ボクはあるよ。数え切れないくらい。」
 
…どんな、感じでした?
 
「気になるの」
 
はい…たぶん。
 
「黒板に書いた迷路を消される感じ」
 
「橘さん。高梨さんばかり見てないで黒板を見なさい。今は授業中よ。前を向きなさい」
 
部屋の中のざわめきが僕に集中する。顔が赤くなった。
 
まっすぐに深呼吸をして、ノートのページをめくる。正しい時刻を合わせるように、教科書のズレを直す。
 
5時間目の終了まであと30分くらい。時の流れは、普段に比べてゆっくりとしている。校庭の隅に茂る、緑色のシロツメクサが思い浮かんだ。
 
隣の席からは、しなやかなシャープペンシルの音が聞こえていた。
 
***
 
 
「セルフィー」
 
俺の命は、終わりを告げようしている。
 
蝉の喧騒が遠くから聞こえている気がする。夕焼けと紫雲が、部屋の外で果てしなく広がっていると思う。
 
最低の人間だ。彼から言われた。その通りだと思ったが、口には出さなかった。
 
お母さんとお父さん。彼らはどこへ消えたんだ。行方を探す気力は、もちろん残されていない。もう遅かった。
 
周囲を見渡す。誰もいない。最後に一度だけ確認する。俺一人が世界の中心に、ぽつうーん…と佇んでいる。いまは綺麗だ。
 
なにかを心臓に投げかけられている。無意識に答えようとする。素直に「わかりません。」と吐き出す。安堵が一言一句、左の肺に入って鳴り響いた。
 
痛みは、沈んでは消えてを繰り返した。
 
こくっ、こくっ…と、居眠りをするように頚が安定しなくなる。
 
さあ。
 
人間が認識できる最少の単位。零になっただろうか。
 
ーー夢と現実の境界はどこだろう?
 
感覚がなくなる、命がなくなる、そのときまで、おわりをつげよう
 
あり
 
 
 
 
力強く戸は開かれた。
 
なにもない暗闇に隠れていた光雲が、現れ始めていた。