アトモスフィアの双盃

アトモスフィア(atmosphere)とは空気のことじゃなくて雰囲気のこと

阿部修二の前途

小説を書くときの有名なルールに「頭の良すぎるキャラクターは用意しない」というものがある。自戒ということで、上を目指します。

 

「阿部修二の前途」

 

頭のいい女子と付き合ったことはあるだろうか?

僕は、一応ある。中学生のときの話だ。

 

中間テストが終わった。黒板の前に成績ランキングが掲示されている。

あれが大嫌いだ。僕は常に真ん中ぐらいで、全く面白くない。必死になって勉強しても、周りも必死になるので何も変わらない。あの紙きれ一枚で喜んだり、悲しんだり、バカバカしいと思う。

 

ふと思う。成績は男女混合だが、傾向があるのではないか。

 

1.  …690
2.  …678
3.小林 春歌…652
4. …641
5.鈴木 詩音…628
6. …622
7.長谷川 澄花…615
8. …610
9.五十嵐 瀬奈…604
10. …600
11.山田 美空…596

 

1位と2位は、他クラスだが友好関係がある。勉強を教えてくださいとお願いすれば、茶化さず丁寧に教えてくれると思う。

仲が悪い訳ではないが、彼女たちの知見も合わせられると、人生が豊かになるのではないだろうか。男子だけの考え方には限界がある。行事やクラブ活動なんかと同じで、いがみ合うよりも協力した方が結果は良くなるに決まっている。尊卑の時代は終わり、共生が尊重される。現代はそういう流れにあると、教科書に書いてあった。

 

貼り紙を見終えた僕は、教室を見渡した。放課後ではあるが、珍しく全員が教室に残っていた。集まって談笑しているのも、一人で支度をしているのもある。

 

小林 春歌。学年3位。父親は公務員。口数は少ないけど、空気は読めるタイプ。本当は学年トップの実力を隠しているんじゃないかと、僕は思う。

 

鈴木 詩音。学年5位。容姿はこの中では普通だけど、生徒会の副会長。声が透き通るので、彼女の司会進行は聴いていて心地がよい。

 

長谷川 澄花。学年7位。誰もが認める美少女。スポーツも得意だ。男子にあたりが強い。弟が2人いるけれど、嫌いなようである。

 

五十嵐 瀬奈。学年9位。お菓子が好きで、お笑いが好き。性別関係なしに仲良くなれる雰囲気がある。虫も平気らしく、男子がドン引きしていた。

 

山田 美空。学年11位。年の離れたお兄さんが2人いて、親からの見えないプレッシャーを感じている。ピアノと絵を描くことが好き。

 

彼女たちからも、勉強の極意を教わろう。いきなり教えを請いに行くのは、警戒されてしまうかもしれない。適切な順序が必要だし、向こうにメリットを提示しなければならない。分析と準備が不可欠だ。なんだかテスト勉強より楽しいと思うのは気のせいだろうか?

 

まず僕は友人たちに、相談しに行った。

 

「一人より三人。三人より五人だ。」

 

学年1位、佐藤 紘和。メガネを掛けている、いかにも頭が良さそうだ。理系科目はいつも満点。

彼は、頭のいいと思う人の考えは全て取り入れた方が良い、と断言した。尊敬できる人が多いほど、成功に近づいたり、人生を豊かにできるのだ、という。なるほど…と思った。でもいきなり5人に聞くのは、ハードルが高いと思う。そうだ、一斉メールを送るのはどうだろう?アドレスが分からなければ、手紙を書けばいい。拒否された場合、既読無視か、ゴミ箱に捨てられる。もちろんそうならない対策も立てる。そうして、5人を同時にターゲットとすれば、確率は上がる。

 

「難しい問題だね。文面だったら、俺が代わりに書いてあげるよ。」

 

学年2位、渡辺 蓮。勉強は全くしていないように見える。でも結果の方が正しいのだから、影で勉強をしているに違いない。国語や社会で高得点を取る。

彼は読書感想コンクールや小論文で実績があった。魅力的な文章は数日の努力で実るものではない。ここは彼に任せてみようと思った。それぞれの得意分野を、最大限に活かすのだ。

 

僕はメールを送った。もうどうにでもなれ。携帯電話の電源を切って、眠る。

 

翌日、普段どおりに登校した。階段を登り終え、教室に入ろうと思った。向こうから邪気のようなものを感じた。ドアに付いたガラス越しに内部を確認する。

 

5ヶ国の首脳会議が行われていた。

教室の壁にその他大勢が溜まっている。殺伐とした教室の中心を避けるように広がっていて、月面のクレーターのようだ。気にしていない風を装う者も、興味津々な者も、死屍累々だ。楽しそうな雰囲気ではない。さすがに国が多すぎる。戦争だ。

 

腕を組んでいて、怒っているのか分からないが無表情とは言い難い。朗らかな感じのいつもの空気は無く、眼差しがナイフのように尖っている。顔が真っ赤になっていて、ちょっと涙目だ。真顔だけど口元は笑っている、そして自分以外の顔をチラっと一瞥する。この子だけ何とかしようとしていて、でも後ろ姿なので表情は分からない。

 

クラスも部活も容姿もバラバラな彼女たちが、面と向かっている。この光景は異常事態だ。サイレンと警戒アラートが鳴っている。

接点は1つ。

 

「頭がいい」こと。それだけだ。

 

もしかして、修羅場なのかな?と思った。