男は女にフラれると、ショックで女に覚醒めるらしい。恐ろしいねぇ。
「素数」
「美味しい水とは素数である。」と父は突然言った。
年端もいかない自分には
素数の意味が分からない。えっ?なに?ソスーってなに?と聞き返せばよかった。後悔は無いが、その真意を確かめる術は残っていない。いや、もしかしたら尋ねたのかも。昔すぎて憶えていないだけなのかもしれない。言葉を喋ったり、覚えたり、聞いたりするのに一生懸命なあの頃の感覚が蘇る。新しいものを触れる喜びに、生活は目まぐるしく変化していく。
モノクロームで
堅苦しい表情の父を、いつも見上げていた。
大学で何を学ぶかギリギリまで考えて進学した私は、卒業後に大学院を経て、
助教授となった。
***
「ネーミング」
曇りの土曜日。時刻は朝10時。
砂糖の入っていない、ミルクコーヒーを冷蔵庫から取り出す。コップに注いで、一人の時間をゆっくりと過ごす。朝食は梅ごはんだった。
新聞を開いた。海外を拠点に活動していた音
楽家がなくなったそうだ。名前の横にカッコ83と書かれてある。
56才の会社員が重体と地方欄に載っている。大破の写真とイメージ図形が添えてあった。あおり運転が原因のようで、事情聴取や
ドライブレコーダーの解析を進めているらしい。
当たり前だが、私は彼らとの直接的な関係はない。文章を私が認識しただけだ。年齢と名前から、人物像を想像してみようとする。実像はボヤけていて、よく分からなかった。
翌日、本屋へ行くために電車に乗った。趣味でゲーム制作を始めようと考えている。その構想を練るためだ。
難解な
哲学書、かわいい画集、ファッション誌などを巡っているうちに、子育てに関するコーナーに辿り着いた。表紙には「赤ちゃん名前事典」と書かれてある。男性版と女性版があった。青いほうが気になった。周囲を見渡した。高校生の私がここにいるのは不相応な気がする。
本を持ち上げる。思ったよりページ数が多い。流し読みをしながら、あ、そうだ。主人公や登場キャ
ラクターの名付けをする参考にしよう。
しっかり考えようと思った。ゲームを作るやる気が湧いてきた。紙をめくる度にアイディアが溢れてくるようだ。ギャグ要素を加えても楽しいし、細かなパズルを散りばめて驚かせるのも面白そう。もしかして幸せってこういうことなのかな?、と一人でクスッと笑った。
人の気配が増えてきて、我に返った。目線は感じなかった。なんだか恥ずかしくなってきて、逃げるようにして家に帰った。机の上に、どら焼きが置いてあった。あとで食べようと思ったが、結局いま食べてしまっていた。
4ヶ月後。作品は完成し、たくさんの人から好意的なレビューを貰った。